セレガ写真館 札幌市交通局
セレガ写真館 札幌市交通局(2003年度を以ってバス事業廃止)
読んで字の如くの公営事業者で、最盛期には約770台の車両を擁する道内屈指の規模を誇るバス事業者でしたが、マイカーの普及や人件費などの問題で収支が悪化。徐々に規模を縮小し、1994年3月を以って市内定期観光バスを廃止(北海道中央バスへ移譲)。更に98年3月を以って貸切バス事業からも撤退。その後は路線専業となっていましたが、2001年の白石・厚別地区を皮切りに民間への路線移譲が始まり、2004年3月を以って全路線の移譲が完了。バス事業74年の歴史に幕を下ろしました。
車両は路線は公営らしく国産大型4メーカーを採用。晩年の貸切車は日野とふそうを所有していました。

U-RU3FTAB 札幌22か2044(1993年式) 局番号:観93-2
札幌市交通局でのセレガの採用は、1993年導入の貸切車3台のみ(観93-1~93-3/札幌22か2043~2045)。FDですがエンジンはF20C(380ps)を搭載する高出力仕様で、シフトコントロールは札幌市営の貸切車では初となるFFシフトが採用されました。
札幌市営バスでは路線車が1994年導入車から緑と白のツートンという新塗装となりましたが、貸切車はこのあと導入された95年、96年式(いずれもふそうエアロクイーン1)ともこのセレガと同じ伝統の赤とアイボリーの旧塗装を踏襲。
なお貸切事業廃止後、観93-1と93-2が登録番号はそのままで時計台バスへ、観93-3は弘南バスへそれぞれ転じています。
▼ご提供いただいた画像

U-RU3FTAB 札幌22か2043(1993年式) 局番号:観93-3 ※市バスファン様ご提供
貸切廃止後は弘南バスへ転出したという観93-3。公式側は東営業所で、非公式側は琴似営業所で撮影されたものです。
前面に市章を掲げた貸切車はこの93年式が最後で、95年導入のエアロクイーン1からはCI化で新たに制定された交通局のシンボルマーク「ST」を掲げるようになりました。前面の行灯と左右側面に入る「札幌市営」の書体が昔ながらの毛筆体風になっているのも93年式が最後で、95年導入車からはゴシック体となっています。

U-RU3FTAB 札幌22か2043(1993年式) 局番号:観93-3 ※匿名様ご提供
運行先の当別町中小屋温泉にて1996年8月に撮影されたという観93-3。

U-RU3FTAB 札幌22か2044(1993年式) 局番号:観93-2 ※市バスファン様ご提供
琴似営業所で休息中の観93-2。観93-1とともに貸切廃止後は時計台バスに転じ、今でも北海道で活躍を続けています。

U-RU3FTAB 札幌22か2045(1993年式) 局番号:観93-1 ※ドリーミント様ご提供
留辺蕊町の温根湯温泉でのスナップ。撮影はまだ導入後間もない1994年頃とのことです。貸切廃止後は上でご紹介した観93-2と共に登録番号はそのままに時計台バスへ転じ、今でも北海道で活躍を続けています。
読んで字の如くの公営事業者で、最盛期には約770台の車両を擁する道内屈指の規模を誇るバス事業者でしたが、マイカーの普及や人件費などの問題で収支が悪化。徐々に規模を縮小し、1994年3月を以って市内定期観光バスを廃止(北海道中央バスへ移譲)。更に98年3月を以って貸切バス事業からも撤退。その後は路線専業となっていましたが、2001年の白石・厚別地区を皮切りに民間への路線移譲が始まり、2004年3月を以って全路線の移譲が完了。バス事業74年の歴史に幕を下ろしました。
車両は路線は公営らしく国産大型4メーカーを採用。晩年の貸切車は日野とふそうを所有していました。


U-RU3FTAB 札幌22か2044(1993年式) 局番号:観93-2
札幌市交通局でのセレガの採用は、1993年導入の貸切車3台のみ(観93-1~93-3/札幌22か2043~2045)。FDですがエンジンはF20C(380ps)を搭載する高出力仕様で、シフトコントロールは札幌市営の貸切車では初となるFFシフトが採用されました。
札幌市営バスでは路線車が1994年導入車から緑と白のツートンという新塗装となりましたが、貸切車はこのあと導入された95年、96年式(いずれもふそうエアロクイーン1)ともこのセレガと同じ伝統の赤とアイボリーの旧塗装を踏襲。
なお貸切事業廃止後、観93-1と93-2が登録番号はそのままで時計台バスへ、観93-3は弘南バスへそれぞれ転じています。
▼ご提供いただいた画像


U-RU3FTAB 札幌22か2043(1993年式) 局番号:観93-3 ※市バスファン様ご提供
貸切廃止後は弘南バスへ転出したという観93-3。公式側は東営業所で、非公式側は琴似営業所で撮影されたものです。
前面に市章を掲げた貸切車はこの93年式が最後で、95年導入のエアロクイーン1からはCI化で新たに制定された交通局のシンボルマーク「ST」を掲げるようになりました。前面の行灯と左右側面に入る「札幌市営」の書体が昔ながらの毛筆体風になっているのも93年式が最後で、95年導入車からはゴシック体となっています。

U-RU3FTAB 札幌22か2043(1993年式) 局番号:観93-3 ※匿名様ご提供
運行先の当別町中小屋温泉にて1996年8月に撮影されたという観93-3。

U-RU3FTAB 札幌22か2044(1993年式) 局番号:観93-2 ※市バスファン様ご提供
琴似営業所で休息中の観93-2。観93-1とともに貸切廃止後は時計台バスに転じ、今でも北海道で活躍を続けています。

U-RU3FTAB 札幌22か2045(1993年式) 局番号:観93-1 ※ドリーミント様ご提供
留辺蕊町の温根湯温泉でのスナップ。撮影はまだ導入後間もない1994年頃とのことです。貸切廃止後は上でご紹介した観93-2と共に登録番号はそのままに時計台バスへ転じ、今でも北海道で活躍を続けています。
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セレガ写真館 中央観光バス
セレガ写真館 中央観光バス(北海道札幌市 2004年事業廃止)
赤字体質だった貸切部門の黒字化を主な目的として、2000年春に営業を開始した貸切専業事業者。北海道中央バスの貸切事業のほとんどを引継ぎ、大手旅行社の契約貸切なども含めて大規模に営業を行っていましたが、規制緩和に伴う相次ぐ新規参入事業者の出現などによる競争の激化を背景とした長期低迷傾向を乗り切るべく、グループ内での貸切担当会社の再編が行われることになり、2004年4月1日付けで札幌第一観光バスを存続会社とする吸収合併が行われ、中央観光バスは4年あまりという短い歴史に幕を閉じました。
車輌は75台が在籍、小型から大型スーパーまで幅広いラインアップを揃えていました。全て中央バスからの移籍車で、自社発注車はありませんでした。国産大型4メーカーが在籍していましたが、元々中央バスが日野のシェアが高いこともあり、中央観光もセレガが主力車種でした。事業廃止後は系列のニセコバス、札幌第一観光バス、空知中央バスへ車輌が分配されたほか、中央バスへ復帰したものもあり、中央バスに復帰したもののなかには経年車を中心に都市間高速車に転用されたものが多くあります。

U-RU2FTAB 札幌22か1312(1991年式)
中央観光バスの主力車種だった、U-規制モデル前期型のセレガFD。中央観光設立に当たっては概ね1991年式以降のクルマが揃えられ、日野車は小型を除き全てセレガでした。なお1312は事業廃止後、空知中央バスへ転じました。

U-RU2FTAB 札幌22か2935(1991年式)
事業廃止後は中央バスへ復帰し都市間高速車となった2935。

U-RU2FTAB 札幌22か1971(1993年式)
中央観光バス設立間もないころの姿で、側面にの社名ロゴは当初「CHUO KANKO」となっていました。程なくしてグループ共通の「CHUO GROUP」に張り替えられたため、このロゴでの活躍はごく短期間のものでした。この1971は事業廃止後、中央バスに復帰し都市間高速車として活躍しました。

U-RU3FTAB 札幌22か1981(1993年式)
中央バス時代から貸切のSHDはふそうエアロクイーンが主力だったため、セレガGDは少数派でした。この1981は事業廃止後、現在札幌第一観光バスに転じました。

U-RU2FSAB 札幌22か2571(1995年式)

KC-RU4FSCB 札幌22か2952(1997年式)
2台とも中央バス時代から継続のジェイティービー契約貸切車「エースJTB」。契約貸切車はこの「エースJTB」ほかに日本旅行の「赤い風船」(エアロクイーン)、日本航空の「JAL STORY」(エアロクイーン)が存在しました。事業廃止後、「エースJTB」車は全車ニセコバスへ移籍し、そのままのカラーで活躍を続けました。
赤字体質だった貸切部門の黒字化を主な目的として、2000年春に営業を開始した貸切専業事業者。北海道中央バスの貸切事業のほとんどを引継ぎ、大手旅行社の契約貸切なども含めて大規模に営業を行っていましたが、規制緩和に伴う相次ぐ新規参入事業者の出現などによる競争の激化を背景とした長期低迷傾向を乗り切るべく、グループ内での貸切担当会社の再編が行われることになり、2004年4月1日付けで札幌第一観光バスを存続会社とする吸収合併が行われ、中央観光バスは4年あまりという短い歴史に幕を閉じました。
車輌は75台が在籍、小型から大型スーパーまで幅広いラインアップを揃えていました。全て中央バスからの移籍車で、自社発注車はありませんでした。国産大型4メーカーが在籍していましたが、元々中央バスが日野のシェアが高いこともあり、中央観光もセレガが主力車種でした。事業廃止後は系列のニセコバス、札幌第一観光バス、空知中央バスへ車輌が分配されたほか、中央バスへ復帰したものもあり、中央バスに復帰したもののなかには経年車を中心に都市間高速車に転用されたものが多くあります。


U-RU2FTAB 札幌22か1312(1991年式)
中央観光バスの主力車種だった、U-規制モデル前期型のセレガFD。中央観光設立に当たっては概ね1991年式以降のクルマが揃えられ、日野車は小型を除き全てセレガでした。なお1312は事業廃止後、空知中央バスへ転じました。

U-RU2FTAB 札幌22か2935(1991年式)
事業廃止後は中央バスへ復帰し都市間高速車となった2935。

U-RU2FTAB 札幌22か1971(1993年式)
中央観光バス設立間もないころの姿で、側面にの社名ロゴは当初「CHUO KANKO」となっていました。程なくしてグループ共通の「CHUO GROUP」に張り替えられたため、このロゴでの活躍はごく短期間のものでした。この1971は事業廃止後、中央バスに復帰し都市間高速車として活躍しました。

U-RU3FTAB 札幌22か1981(1993年式)
中央バス時代から貸切のSHDはふそうエアロクイーンが主力だったため、セレガGDは少数派でした。この1981は事業廃止後、現在札幌第一観光バスに転じました。

U-RU2FSAB 札幌22か2571(1995年式)

KC-RU4FSCB 札幌22か2952(1997年式)
2台とも中央バス時代から継続のジェイティービー契約貸切車「エースJTB」。契約貸切車はこの「エースJTB」ほかに日本旅行の「赤い風船」(エアロクイーン)、日本航空の「JAL STORY」(エアロクイーン)が存在しました。事業廃止後、「エースJTB」車は全車ニセコバスへ移籍し、そのままのカラーで活躍を続けました。